花森弘卓の生い立ち「生き物大好きな坊ちゃん」痴情のもつれで後輩襲撃か

白金高輪駅硫酸事件

サークルの後輩に硫酸をかけたとして、花森弘卓(はなもりひろたか)容疑者(25)が逮捕されました。硫酸をかけるほどの恨みを持った花森弘卓の生い立ちが注目されています。

この記事では、花森弘卓の高校、大学を含めた生い立ちについて見ていきます。

※追記あり(2021.09.01)

花森弘卓の生い立ちまとめ

まず、これまでに分かっている花森弘卓の生い立ちに関して整理します。

花森弘卓の生い立ちは、静岡県静岡市葵区から始まります。花森弘卓の両親は医療関係の仕事をしており、花森弘卓は理系一家に生を受けたことになります。

花森弘卓の自宅は豪邸で大変裕福でした。花森弘卓は悲惨な生い立ちというよりむしろ、金持ちの坊ちゃんとしての華々しい生い立ちだったと考えられます。

その後、花森弘卓は地元の小学校と中学校に通いました。花森弘卓の出身小学校は静岡市立番町小学校が有力ですが、中学校は私立の常葉橘中学校が有力です。

名家の坊ちゃんとしての生い立ちを有する花森弘卓は、同じく静岡県にある常葉橘高校に進学します。

常葉橘高校を卒業後、花森弘卓は琉球大学農学部に進学しました。しかし、花森弘卓の両親が亡くなったことを機に静岡に戻り、静岡大学に編入しています。

花森弘卓は常葉橘高校、あるいは琉球大学在学中に、名家の坊ちゃんとしての輝かし生い立ちから、若くして両親を失った悲しい生い立ちを持つ青年へと変貌しました。

<花森弘卓の生い立ち>
1995 or 96年:静岡県静岡市葵区で誕生
2001年以降:静岡県内の小学校、中学校で過ごす
2010 or 2011年:私立常葉橘高校に進学
2013年以降:琉球大学農学部に進学。その後、家庭の事情により静岡大学に2020年に編入。
2021年8月:8月24日に白金高輪駅でサークルの後輩に硫酸をかけたのち逃走。8月28日に沖縄県宜野湾市で逮捕

花森弘卓の小学校、中学校時代

花森弘卓の自宅は静岡県静岡市葵区2番町にあります。静岡市葵区2番町の学区から、花森弘卓は静岡市立番町小学校に通っていた可能性が高いです。

花森弘卓の出身小学校の可能性が高い静岡市立番町小学校はJR静岡駅から約1kmほどの場所にあります。

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なお、静岡市立番町小学校は2006年に一番町小学校と三番町小学校が統合してできた小学校です。花森弘卓は一度、どちらかの小学校に通ったのち、小学校の高学年から静岡市立番町小学校に通ったと考えられます。

指名手配時の花森弘卓の顔から推定した、花森弘卓容疑者の子供時代の顔です。このころは花森弘卓容疑者も可愛らしい坊ちゃんだったと考えられます。

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※追記(2021.08.30)
花森弘卓容疑者の小学校時代の顔画像と卒業文集が公開されました。花森弘卓容疑者の小学校時代から昆虫が大好きで、「夢は昆虫学者」と語っています。また、小学校の卒業文集の余白にはクワガタの絵も描かれていました。

一方花森弘卓の文集には、 「昆虫好きの(小学校の)校長先生を尊敬している」「楽しいことや悲しいことやたくさんの思い出がここには全部掻き消えないほどいっぱいあります」とも書かれています。

昆虫好きというのは小学校や中学校では浮いた存在になりがちです。花森少年は嫌なことも沢山あるなか、無事小学校を卒業できました。花森弘卓の生い立ちという観点で幸運だったのは、校長先生という昆虫好きの良き理解者が身近にいてくれたことと言えます。

花森弘卓は小学校を卒業後、中学校に入学します。花森弘卓の出身中学校は学区から判断すると静岡市立末広中学校が有力です。花森弘卓の出身中学校として有力な静岡市立末広中学校は、駿府城公園から約400mの距離にある中学校です。

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なお、花森弘卓の出身中学校として有力な静岡市立末広中学校は評判が悪く、googleの口コミでは星1評価が沢山ついています。中身を見ると「いじめられた」「行かないほうがいい」など悲惨なものばかりです。

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花森弘卓の実家は裕福で、花森弘卓は坊ちゃんです。花森弘卓が治安のよくない公立中学校でなく、私立中学校に進学していた可能性が高いです。その場合、花森弘卓の出身中学校として、高校とつながりの深い常葉橘中学校が最有力になります。

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花森弘卓は生きものが大好きでした。花森弘卓の近隣住民によると、花森弘卓自宅の広い家の庭で虫を育てていたとのことです。

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家で庭で虫を育てる研究をしていた

花森弘卓の出身小学校や中学校に関しては更なる情報が得られ次第追記したいと思います。

※追記 (2021.09.01)
医療関係の血筋を引き、金持ちの家に生まれ、輝かしい生い立ちだった花森弘卓。しかし、硫酸事件を起こすような凶暴性の片りんは中学生時代に既にあったと言います。

週刊女性の記事によれば、花森弘卓は中学校時代はいわゆる「陰キャ」でした。ところがある日、美術の授業が終了後に突然近くの女子生徒に向かって、花森弘卓は彫刻刀を突き付けたと言います。

中学校の同級生たちは、巨漢の花森弘卓を必死にとめて事なきを得ました。しかし、花森弘卓は反省する様子もなく、その後の面談ではニヤニヤしていたと言います。

中学生時代から凶悪犯の片りんをにじませていた花森弘卓。生い立ちが良くても、人間の中身は分からないものだと考えさせられるエピソードです。

花森弘卓の高校時代「オタ芸で青春を謳歌」

花森弘卓は中学校を卒業後、高校に進学します。花森弘卓の出身高校は公開された制服から、私立常葉橘高校であることが分かっています。リーク者は校章やボタンを隠していますが、特徴的なネクタイから確定です。

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花森弘卓の出身高校である常葉橘高校の偏差値は44-57。英数科が57と比較的高い偏差値ですが、それ以外のコースの偏差値は44と凡庸です。さきほど生い立ちで示したように花森弘卓はサラブレットです。ポテンシャルからして、英数科に所属していた可能性が高いと考えられます。

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高校時代の花森弘卓は文字通り、青春時代を謳歌していました。それが影響したかは不明ですが、花森弘卓は高校1年で早速留年しています。週刊文春の記事によれば、花森弘卓は留年で1歳年下の面々もクラスメートになったもののすぐに溶け込んだと言います。

たちが高校に入学した年に、花森が2年生に上がれずに同じクラスになりました。留年の理由は聞いたことはありませんが、すぐクラスにも溶け込んでいました。年上ということをあまり感じさせず、年下のクラスメイトたちからも『花森』と普通に呼び捨てでした。どちらかと言うといじられキャラで、たまにいじりがエスカレートした時は『うるせぇ!』とか怒鳴ることもありましたけど、それ以上のトラブルも覚えていません

出典:週刊文春オンライン

加えて花森弘卓(はなもりひろたか)は、ゲームセンターで太鼓の達人に興じたり、昼休みにバスケットボールで遊ぶなど、普通の高校生としての一面も見せていたと言います。

一方、花森弘卓は高校時代から筋金入りの「オタク」でした。週刊文春によれば、花森弘卓が高校3年生の時の文化祭では、体育館のステージに一人で上がり、初音ミクの千本桜のオタ芸を一人で披露したと言います。

高校の同級生が撮影した花森弘卓の写真です。花森弘卓はサイリウムをつかって、リズミカルに「オタ芸」を披露しています。 ちなみに花森弘卓が披露しているオタ芸は、コンサート等でオタクが披露する独特なダンスや掛け声を指します。

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花森弘卓は体育祭でのオタ芸疲労に向けて、常葉橘高校の近くにある駿府城公園で、他の高校のヲタ芸仲間と集まってよく練習していたとのことです。花森弘卓の大胆な行動力は、高校時代のオタ芸にルーツがあるようです。

一方、高校の同級生が言うように、花森弘卓は倍にしてやり返さないと気が済まないタイプでした。今回、後輩に硫酸をかけたことを踏まえると、花森弘卓はかつて酢酸や炭酸などの弱い酸をかけられたのかもしれません。

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※追(2021.08.30)
オタクで2次元にしか興味がなかった花森弘卓でしたが、高校時代の最後に生身の女性に恋をしたことが分かりました。週刊文春によれば、花森弘卓は同じ予備校に通う女子高生(以後、K子さん)にゾッコンになりました。

花森弘卓のK子さんへの執着は半端ではなく、週刊文春の記事によれば、いかに示す様々な逸話があったとのことです。

・K子さん:私、静岡大学志望なのよ 
・花森弘卓:俺も静岡大学を目指すよ!(学力が足りず、琉球大学へ)
・K子さん:なんか喉が痛いの・・・ 
・花森弘卓:俺は医学系だから大丈夫!東洋医学によるとね・・・・(うんちくをひたすら語る)
・K子さん:あなたは医者になるの?
・花森弘卓:うーんと、俺は生物の研究をするよ。人間だと責任が重すぎるからね。
・K子さん:私の近所に鹿が出たの。怖いわ・・・
・花森弘卓:そんな鹿、俺なら素手で倒せるよ!

とにかくK子さんの前ではイキっていた虫好きオタクの花森弘卓。K子さんの誕生日には、花森弘卓がK子さんの前でひざまずき、赤いバラとヤドカリのつがいを渡したと言います。

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あまりの加速する花森弘卓のストーカーに耐えかねたK子さん。周囲の協力もあり、K子さんは花森弘卓とクラスを変えてもらったことで、ようやく呪縛から解放されたと言います。

一度思いこむとどうにも止まらない。花森弘卓による凶行の背景には、異様な執着心と猪突猛進の暴走があったことを示すエピソードです。

花森弘卓の大学時代「女絡みで後輩に恨みか」

花森弘卓を静岡県の常葉橘高校を卒業後、沖縄の大学に進学します。花森弘卓は農学部出身との報道で、沖縄県で農学部があるのは琉球大学です。花森弘卓の出身大学は琉球大学で確定です。

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花森弘卓の出身大学である琉球大学農学部の偏差値は48-53。花森弘卓はごく普通の頭脳の持ち主だったと考えられます。

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花森弘卓の出身大学である琉球大学農学部は沖縄県中頭郡西原町千原1にあります。花森弘卓は琉球大学農学部の南国情緒あふれるキャンパスと、歴史溢れる校舎で大好きな生き物について学んでいました。

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地元の静岡からわざわざ沖縄の琉球大学までやってきた花森弘卓。琉球大学農学部の特色は、亜熱帯の植物や生物に関して学べるところ。花森弘卓の自宅に様々な観葉植物が植えられていることからも、花森弘卓はやはり生き物に関連する学科を選んで進学したのでしょう。

花森弘卓は琉球大学のサークルで、のちに硫酸を浴びせかけた後輩に出会います。花森弘卓がサークルの後輩に硫酸を浴びせた動機は今のところ不明ですが、ネットでは「怨念=女性関係」が大半を占めています。

・大学のサークルの先輩後輩か 女がらみか
・こいつが好きな女と被害者がつき合ってたとかだろう
。やられた方はたまったもんじゃないな

花森弘卓はサークルの後輩の顔を狙って硫酸をかけています。花森弘卓はイケメン後輩に好きな子を奪われたのか定かではないですが、後輩の顔をどうしても潰したかったのでしょう。

なお琉球大学には、 花森弘卓と関係がありそうな生物関連のサークルが複数あります。現在詳細は調査中ですが、以下のサークルに花森弘卓が所属先候補として掲載いたします。

<花森弘卓の所属先サークル候補>
・生物クラブ
・フィッシングクラブ
・うみがめ研究会 
・作物園藝サークル

花森弘卓は逮捕後、「何も話したくない」と黙秘を続けています。花森弘卓の生い立ちを含め更なる情報が得られ次第、追記してい参ります。

追記

花森弘卓が琉球大学時代に所属していたサークルは、「映画サークル」であることが分かりました。琉球大学にあるサークルで映画を扱っているのは「琉球大学映画研究会(通称;琉大映研)」です。

花森弘卓が大学時代に所属していたと考えられる琉球大学映画研究会のTwitterです。表紙にはハイビスカスが使われています。花森弘卓の画像を含め、残念ながら中身を見ることはできませんでした。

一方、花森弘卓が大学時代に所属していた琉球大学映画研究会関連のページを漁ると、花森弘卓のサークル時代の画像が見つかりました。花森弘卓は端っこに映っていたため入れていますが、逮捕時に比べて痩せていてイケメン系です。

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花森弘卓は大学時代、演劇サークルにも所属していました。 花森弘卓は演劇サークルで、自慢の英語まで披露していたと言います。花森弘卓は大学時代のの友人からも高い評価を得ています。

<花森弘卓のサークル時代の友人談>
口数は少ない人でわりと優しい人で、留学生の人も所属していて通訳やってくれて、何でもできる人という印象が強かったですね。自然がすごく好きな感じの人で。
出典:TBSニュース
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花森弘卓は金持ちの家に生まれたボンボン。生い立ちも育ちも良く、英語も堪能な花森弘卓が「イケメン」ともなれば、女性にモテたことは想像に難くありません。

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追記:花森弘卓の大学時代2「静岡大学に編入」

花森弘卓は琉球大学に通っていましたが、両親の死をきっかけに静岡に戻ることになってしまいます。両親をなくして一気に悲しい生い立ちになってしまった花森弘卓ですが、無事静岡の大学に編入できました。花森弘卓の編入先は静岡大学で、編入したのは2020年です。

花森弘卓容疑者、琉球大学から静大農学部へ編入しているそうな。何かあって地元に帰ってきたのに沖縄へ逃げるのは無いだろうな。

当初の想定では、花森弘卓は大学のある静岡に潜伏していると思われていました。しかし実際には、以前通学していた琉球大学のある沖縄に潜伏しています。沖縄時代の友人は何を想いながら、花森弘卓はかくまっていたのでしょうか。

静岡大学に移ってからは、花森弘卓はカブトムシの研究をしていたと言います。週刊文春の記事によれば、花森弘卓は自宅に土などを持ち込み、カブトムシ育成システムの構築を目指していました。しかし、やはり若者の一人暮らしは荒れるもの。自宅の周りには土などが散乱していたと言います。

花森弘卓の大学の研究室などは現在調査中です。判明し次第、追記したいと思います。

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