東京オリンピック男子100m準決勝で、中国の蘇炳添(そへいてん)が9.83をたたき出しました。アジア記録9.91の大幅更新に、ネット上では蘇炳添(そへいてん)に対するドーピング説が浮上しています。
この記事では、 蘇炳添(そへいてん)のドーピング疑惑について見ていきたいと思います。
蘇炳添にドーピング説浮上!「あまりにも速すぎる!」
蘇炳添(そへいてん)がアジア新記録となる9.83を出したのは、東京オリンピック男子100mの準決勝でした。まずは蘇炳添(そへいてん)選手の走りを振り返ります。
スタートから勢いよく飛び出した蘇炳添(そへいてん)。50mまではほぼ独走し、最後は詰め寄られるも1着でゴール。 速報9.81の公式記録は9.83で、蘇炳添(そへいてん)選手も喜びを爆発させています。
従来のアジア記録は蘇炳添(そへいてん)の9.91。いきなりの9秒8台、そしてベストタイムを一気に0.08秒縮めた蘇炳添(そへいてん)に対し、ネットはドーピング説で沸き返りました。
100%ドーピングだと言い切れる。中国人は、バレるバレないとかやっちゃダメとかそういう次元じゃないんよ。 まぁ、ドーピングだろうな。 どんなドーピングをしたんだ? 間違いなくドーピングだよな 。でも上位選手は全てやってるから条件は同じ 。ある意味フェア 不自然なまでに速すぎる 。ドーピングやってるわこれは
中国と言えばドーピング大国として良く名前が挙がっています。古くは1990年代、女子長距離界を席巻した「馬軍団」による組織的なドーピングがありました。
馬軍団は1990年代、陸上3000m,5000m,10000mで世界記録を度々更新。相次ぐ記録更新は「ドーピング」の疑いを生み、一斉検査が行われます。結果は「黒」。エリスロポエチンによるドーピングが疑われました。
なお馬軍団に関してはのちに、コーチによる虐待とドーピングの強要が選手から告発されています。
2000年シドニー五輪直前に発覚した馬軍団による組織的ドーピング。今再び注目を集めているのは、馬軍団の元エースで、1996年アトランタ五輪陸上女子5000メートルの金メダリスト、王軍霞さん(43)が、過去に組織的なドーピングを告白した手紙が公表されたことが一因だ。
出典:産経新聞
「馬コーチが長年にわたって、私たちを殴ったり、罵ったりといった虐待をしていたことは真実です。長年にわたって、大量の禁止薬物を服用するよう私たちを誘惑し、強制していたことは真実です」
また今年6月にも、オリンピック競泳で2大会連続の金メダルを獲得した孫楊選手がドーピング規定違反で資格停止処分を受けたばかりです。
黒人が圧倒的に有利な陸上100m。そして、オリンピックの舞台で中国人がアジア記録。これまでの中国の歴史を振り返ると、蘇炳添(そへいてん)の9.83もドーピングではないか、と疑われてしまうのは無理もありません。
コンディション次第では十分出せるタイム
一方、元々好記録を持っていた蘇炳添(そへいてん)だけに、今回の記録はドーピングではなく「実力」とする声も聞かれます。
追い風ほぼ無しで9.91なので、+0.9mなら9.8秒台は普通にあり得る
蘇炳添(そへいてん)が従来の自己ベスト9.91を出したのは2018年のIAAFワールドチャレンジミーティングレース。この時の風速は+0.2でした。東京オリンピックで蘇炳添(そへいてん)が9.83を出した際の風速は+0.8なので、風速にして0.6の差があります。
風速によるタイムの換算はトラックなどの影響も考慮して考える必要がありますが、参考までに2013年の日本選手権男子100mの換算表を掲載します。
換算表では風速0.2m時(0.018)に比べ、風速0.9m時(0.077)では約0.06秒タイムが良くなることになります。
トラックが異なるため、蘇炳添(そへいてん) の東京オリンピックのレースには単純に外挿できません。しかし、蘇炳添(そへいてん)の元々の実力を持ってすれば、9.85程度のタイムは風次第で十分出せたことになります。
また、新国立競技場のトラックは高速トラックと言われています。その理由は「反発力が高い素材を使用している」ことです。
新国立競技場のトラック作製に携わったイタリアのモンド社。多くのトレックはウレタン製ですが、イタリアのモンド社ではゴムを使用しています。
モンド社のゴムシートの特徴は、「厚みや硬さが均一」なうえ、上層部にゴムの弾力性、下層部にもハニカム構造による弾力性が付与された「2層構造」です。 これにより、高い反発を安定して選手に届けることができます。
安定した高い反発の恩恵を特に受けられるのは、歩幅が小さく足の回転力で前に進む「ピッチ走法」の選手。 まさに蘇炳添(そへいてん)のようなピッチ走法の選手にはうってつけのトラックと言えるでしょう。
以上のように、蘇炳添(そへいてん)のアジア記録大幅更新には、「風」と「トラックの質」が大きく影響したと考えられます。
ロケットスタートが奏功「足の切り返しがめちゃくちゃ速い」
また、 蘇炳添(そへいてん)が9.83を樹立出来たポイントとしては、「ロケットスタート」が挙げられます。
先ほどの準決勝の動画を見ると、蘇炳添(そへいてん)選手はスタートから一気に飛び出し、50 mまで独走しています。
蘇炳添(そへいてん)の特徴は何と言ってもスタートからの飛び出しです。60m走では6秒42のアジア記録を持っており、コールマン(アメリカ)の世界記録である6秒34とわずか0秒08しか変わりません。
60mより距離が延びる100mだと残念ながら、より加速力のある黒人選手が有利です。そこで蘇炳添(そへいてん)は普段のトレーニングでも、スタートに磨きをかけ続けてきました。
実際インスタグラムには、蘇炳添(そへいてん)選手がスタートを入念にチェックする動画がアップされています。
・タータンを鋭く叩きつける様な接地、力強いですね ・足の切り替えしがめちゃくちゃ速い ・遊脚のリカバリー動作がえげつない
蘇炳添(そへいてん)にとってはスタートの切れが命です。実際、2018年アジア大会で9.92で優勝した際も、スタートで飛び出した後は10.00で走った山縣亮太とほぼ同じスピードで100mを駆け抜けています。
以上から、蘇炳添(そへいてん)選手が9.83を出せた理由はドーピングではなく、「ロケットスタートが決まったこと」「トラックが蘇炳添(そへいてん)向きだったこと」「風が良かったこと」が挙げられると思います。
東京オリンピックでは、出場選手に対するネットでの誹謗中傷が大きな問題になっています。特に卓球混合ダブルスで日本が金メダルを取ったことを境に、SNSバッシングが加速しました。
今回の蘇炳添(そへいてん)に対するドーピング疑惑に関しては、中国人が快記録を出したことに対する日本人のコンプレックスを強く感じさせます。
オリンピックはまだまだ続きます。今後も、超一流アスリートの好記録、好試合に期待したいと思います。
※追記(21.08.02)
準決勝でアジア記録を出した蘇炳添。決勝ではロケットスタートに失敗したものの、9秒98で6位入賞という快挙を成し遂げました。
決勝は準決勝の同日に行われたため、蘇炳添選手にもやや疲れの色が見えている中でのレースでした。
蘇炳添がもしドーピングをしていれば、決勝も元気バリバリだったはずです。この点からも、蘇炳添(そへいてん)選手がドーピングをしていた可能性は低いと考えられます。
蘇炳添は日本の山縣亮太選手などの出走が予定されている、4x100mリレーにも出場予定です。メダルを狙う日本共々、蘇炳添(そへいてん)選手の走りも大変楽しみです。
追記:蘇炳添は大学の准教授「蘇は神!」
100mで驚異的な記録を打ち立てた蘇炳添(そへいてん)選手。実は、曁南大学(きなんだいがく)で准教授を務めています。
蘇炳添(そへいてん)が通う曁南大学は中国広東省広州市にある国家重点総合型大学です。生徒数は約5万人で、レベル的には中国内での中の上といったところですが、31歳で准教授になるのはすごいことです。
蘇炳添(そへいてん)はかつて、中国男子が100mで世界の上位に食い込むようになった要員を分析し、研究チームで論文を提出しています。
蘇炳添(そへいてん) は研究論文で、「科学技術によるサポート」「優れた競争と戦略」「アスリート自身の素養向上」などを、100mでの躍進の要因に挙げたとのことです。
競技をしながら論文執筆も行っていたスーパーマン蘇炳添(そへいてん)に対し、中国国内では「蘇は神」との声も挙がっています。
現地:刻苦和奮發向上的形象激勵了許多人,紛紛讚其是「蘇神」 日本語訳:勤勉と進歩のイメージは多くの人々に刺激を与え、彼を「スーシェン」と称賛しました。 出典:香港CI
研究熱心で優秀な蘇炳添(そへいてん)。ドーピングに手を染めるなど全くないといっていいでしょう。
30歳を過ぎ、選手としての盛りを過ぎた中での快記録。 蘇炳添(そへいてん)選手には今後もドーピングなどとは無縁の世界で、己の走りを研ぎ澄ましていってほしいと思います。
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